JUST FOR YOU 4
※猥褻話注意
睡眠が趣味な同居人の意向により、男二人が乗り上げても軋まないスプリングに調度いい固さのマット。横になる環境だけは引越し当初から、むやみに整えられている。真っ白なシーツの上に、皆守をゆっくりと押し倒す。
消し忘れた廊下の照明のおかげで、寝室は不便ではないくらいに薄暗い。
ほぼ理想どおりの展開だった。わずか数分の間に、デニムを脱がすのは相手の協力なしには不可能だということ、脱がされるのは意外に楽しいということを学んだ。髪の生え際だとか、頬に口付けていると、下から軽く蹴られる。土踏まずからの意思の伝達によると、早くしろということらしい。無意味な愛撫ほど愛情深くないと出来ないものもないのに。せっかちは損をするぞ。
「……ゆっくりしようよ。なあ、甲太郎」
押し倒してしまえば、なんだか未踏の遺跡に赴く時のようなわくわく感しかない。自分で浮かべた未踏の表現に口の端が上がりそうになる。拒絶オーラ全開で過ごして来た皆守だ。他人に触られたことのない身体だと思うと、処女信仰もないのにやっぱりにやけてしまうものはある。
「お前も下になるとよくわかるぞ……居た堪れねえんだよ」
「まあ、それは追い追いね」
俺の口は適当なことが軽く飛び出る仕組みになっている。今は目の前のことしか考えられない。皆守の鍛えられてしなやかな脚を片方折り曲げた。蹴りの旋回を生み出す軸足だ。太腿の内側を撫で上げて、膝頭を舌でねぶる。浮き出ている骨の形に沿って、時には全体を口に含みもした。歯を立てたら骨が動く音がする。熱心に膝を攻めていると、当然抗議の声が上がる。
「っなに、して」
「俺が甲太郎の身体で、好きなところを全部舐めていこうと思って」
足を舐めてるだけで身体の芯が熱くなる。助走もつけずに、長く綺麗に伸び上がる足が好きだよ、と囁いたら皆守は腕を顔のところでクロスさせた。
きっとガードの下の顔は赤くなっているんだろうなと容易く想像できる。内腿は暗がりの中でさえ――というか、暗がりの中だからこそ白いのがわかる。筋肉の筋に沿って舌を這わせると、ぎゅっと足の指が丸まったのが見えた。爪が貝殻みたいに光っている。感じてるって見て取れるのは、良いとしか表現できない。皆守の呼吸音が上がっていく。
「――んンッ」
恥骨のあたりまで顔を近づけるのに、肝心の部位には触れないというやり方は余計に羞恥を煽る様だった。明らかな性感帯じゃない分悔しいんだろうが、まだ肝心なところに触れてやる気はない。同じ男である以上感じているのは明らかで、なんだか愛おしさも倍増だ。いつ根を上げるかなあと思いながら、皆守の足を唾液でぬらしていく。お互いに汗も掻いてきていて、セックスをしているという自覚が強くなる。
「……いつまで、そん、なとこ」
息が上がっているのを隠そうとする声に俺は含み笑いを反す。じゃあどこ舐めて欲しいんだよ、と聞いて言わせたくなるのは男として自然の摂理だと思う。
「さあ、……いつまでだろ」
良い眺めすぎてやめたくないのが正直なところで、恍けてみせる。皆守が小さく「チッ」と舌打ちを洩らして、いやいやベッドの上でそれはないだろう、と指摘したくなる。皆守らしいと言えば皆守らしいけど。
「……わかったってば」
覆い被さって、唇を合わせれば、皆守は露骨にホッとしたような息を吐いた。ああ、これが欲しかったのかとわかって可愛さもひとしおだ。何も纏っていないせいで肌もぴったりと合わさって素直に気持ちが良い。舌を丁寧に吸われて、ああ本当に皆守はキスが好きだなと感心した。
「甲、」
夢中になるあまりだろう、割と籠もった力で頭を押さえつけられているせいで、体勢的に腕に負荷がかかる。それを打破しようとして、いいことを思いつく。急ぐ気は端からない。
突然に顔を引きはがし、皆守の首の下に掌を入れて、くるりと壁際を向かせる。側位で後ろから抱く姿勢になるように身体を忍び込ませる。「な、ん、だよ」皆守が不安気な声を上げる。理由が顔が見えない体位だから、だったらいいなと考えてみる。項に襟足が汗でひっついているのがちょうど見えた。
「次は背中」
なんとなく宣言したくなった。皆守が、「はぁ?」と柄の悪い声を出す。ふざけあってるみたいに、いまいち雰囲気がなくてよくないな、俺たち。と思っていたけど――腰椎を指でなぞった瞬間に空気が一変する。びくりと皆守の体が震えて、俺は想わず「どうした?」と素で聞いていた。
「ッ、いや、なんでも……」
ない、と語尾はささやきになる。指を背骨の形に押すように往復させたからだと容易にわかる。
「ふうん」
――背中が弱いのか。卓抜な発見をした科学者だって浮かべないだろう、くらいに盛大なにやつきが抑えられない。幸い皆守には見とがめられない体勢だ。俺がどんな顔をしてようが気にする必要はない。襟足を舌でかきわけるように、首筋を起点にじっくりと背骨の上を辿っていく。指よりもくるらしく、皆守は「あ、」と声を上げそして黙った。呻くようなくぐもった声だけが聞こえる。口を塞いでるのかもしれない。もったいないことをする男だ。
俺はというと、はじめてじっくりと見て触れている皆守の背中に夢中だった。肩胛骨の盛り上がりから窪みのライン、細くなっていく腰付きの綺麗さは筆舌に尽くしがたい。三年前にもちょくちょく、こいつの色気は男が持ってていいもんじゃないだろうと思っていたが、今はその半分くらいは俺のためにあるんじゃないかと思えて堪らない。薄い皮膚の下に主要な神経が集まっている。胸椎の辺りが一番弱いらしく、反射の動きで体が揺れている。自分の思いがけない弱点を知らされてとまどっているのが伝わってきて愉しい。ハッ、と浅い呼吸の中にある甘さにこっちまで興奮してきて、自然に手があちこちへ伸びてしまう。右手は皆守の足の間に伸びて、首の下をくぐっている左手で顎を捉える。一秒前は抑えが利いていたことが一秒先には崩れてしまう。ゆっくりしようとしていた余裕はどこかに消えてしまった。
「甲ちゃん、口開けて」
自分の声がみっともなくかすれていた。首だけむりやりこちらを向かせるという、不自然な体勢をとらせて口を塞ぐ。従順に口は開かれていて、俺は意図して唾液を流し込む。皆守は喉を上下させた。ちゃんと飲めたご褒美みたいに、右手で反応を示して濡れているものを握り込んでやる。何度か擦っただけで形が変わり、口の中にうめき声が広がる。後ろ抱きで、ディープキスをしながら相手の体を弄ぶというのは最高に興が乗るシチュエーションだった。自分の興奮も抑えられなくなってきて、皆守の躯に自身のも擦り付けるようにしてしまう。
「んっ…ンン、」
唇を解放したら、AVみたいになるんじゃないかな、というくらいに皆守は快楽に染まっていた。右手がどんどん濡れていって滑りがよくなる。
「……そろそろ?」
いつものひねくれ方を忘れたみたいに、皆守は従順に、こくこくと首肯した。あーあー、なんだこれ俺の妄想なんじゃないかと一瞬疑ってしまうほどだ。
皆守の耳朶を舌で包む。出来るだけ、自分の持っている声域の中で一番優しくなればいいと思う声で「出していいよ」とささやく。くびれている部分から先を丁寧に擦り上げたら、皆守はシーツに顔を押しつけて達した。震えている肩に俺は噛みつきたくなる。自分の手の中で射精してる瞬間を愛おしく思えるの人物は、世界人口が60億だろうが80億になろうが、皆守甲太郎だけだなと強く思う。
「……なん、で。俺だけ」
呼吸が整ってきた皆守が壁を向いたままそんな悪態をつく。文句が言いたくなるくらい恥ずかしかったのかもしれない。気持ちはわからないでもない。
「いっしょに触り合うと、それで満足しちゃうだろ」
なにしろ過去、最高に進展した頃はそれで大満足してしまっていた。触り合うのも立派なセックスだと思うが、重箱の隅をつつくように、楽園の綻びをつついてしまう皆守が相手なので、納得のためにも今夜はステップアップしたいところだ。俺としてもやっぱり、する前提で挑んで逃げられるのは苦しすぎる。
掌で受け止めた精液を拭わずに、後ろへ持っていく。皆守の身体が強張って、緊張してるのが伝わってきて俺まで緊張してきた。他人の眼球にコンタクトを入れ込む前、みたいな――勝手な想像だけど。
人差し指で入り口をなぞって、螺旋状に精液を塗りこめていく。おんなじ動きを何度も何度もトレースする。それだけの慎重をきたしたおかげか、一本目はすんなりと挿入できた。中は指の皮膚が溶けそうなくらい熱い。ごくごく率直に、挿れたいなと思った。出し入れをする指の動きはすごく卑猥だ。
息を詰めていた皆守も、やっと内部の異物になれてきたのか大きく息を吸えている。――どころか。指の腹を使ってゆらゆらと擦りと「ん、」と腰が揺れる。
「ねえ、甲ちゃん。……どんな感じ?」
「さ、いあく、だ」
つれないことを言われるけど、さっき達したばかりなのに萎えていないものが視界に映るので、本心と間逆のことを言う、いつもの皆守だなあと思ってひたすら嬉しくなる。
執拗にかき回したおかげで、ずちゅ、と粘り気のある水音が絶えなくなった。皆守の性格上、あまりにも居心地が悪いとやめるだとかさっさとやれだとか面白くないことを言うのは目に見えている。皆守の薄い耳たぶを犬になったみたいにべろべろと舐めて、聴こえないようにしてやる俺は献身的だ。それに、こいつは耳もぞくぞくするようで、一石二鳥だった。自分の手の甲を噛んで声を堪えている皆守に、自分の左手を差し出す。
「こっち噛んでて。噛まれたい」
変態、と言われたけど、皆守はちゃんと俺の指を咥えた。離したときに歯形が残るくらいの強さで噛まれる。なんだよノリノリのくせに、お前も人のことは言えない格好だぞと、挿入している指を二本に増やす。
今度は擦り付けるようにじゃなく、突き上げるように動かす。指が根本まで埋まるようになった。こんなに愉しい作業もない。
「ッ、んぅ、ン――」
中指が突ける最奥の、腹側をかすったときに皆守の様子が変わる。理性を失った力で噛まれ、加減せずに続けると口がだらしなく開いて、今度は噛むことも難しそうだ。ひっきりなしに声が漏れるので、今度は俺が煽られっぱなしだ。皆守が頭を振って、シーツの白を影が動く。
中指を臍の方へ曲げると少し硬い部位がある。最奥よりも第二関節があたる辺りがよさそうだと感触でわかってくる。前立腺ってこんな手前にあるのか、と本当にそうともしれないのに感動してしまった。
ここへの刺激はしつこく続けても疲れるだけという知識は仕入れていた。それにもう、皆守が乱れてくれるせいで俺だっていい加減限界だ。指をゆっくりと引き抜いて、肩を掴んで皆守を仰向けにする。
射精は伴っていないけど、ドライオーガズムとか言う状態なのか、皆守は泣き出しそうでいて幸福感のある顔つきだった。
「変化もうっとうしいだけじゃないって感じ?」
「……うるさい」
濡れてる声でそんなことを言われても、腰にくるだけだった。ぐんにゃりしている皆守の手をとって、恭しく手の甲に口付ける。
「ねえねえ、甲ちゃん。……抱かせて?」
「……好きにしろ」
その了承よりも、言い方が投げやりじゃないってことのほうが嬉しかった。汗で滑りそうになりながら、皆守の脚を抱え上げる。今しかないよなと思って「好きだよ」と言ったら、「知ってるから早くしろ!」と怒鳴られた。照れたら怒る癖は即日治して欲しい。
挿入に耐えうる硬度で触ってもらう必要もない自身にちょっと苦笑いしつつ、じりじりと腰をおし進める。皆守の眉間に皺がよる仕種さえ色っぽくて、内の熱さに「うっわ、」と思わず声が漏れた。ざまあみろ、みたいにクッと一瞬だけ笑われる。ちょっと待て、今俺たちは愛しあっているんだよな?と確かめたくなる。
「はっ、は、……あっ、」
呼吸も断続的で苦しげで、皆守の目尻に涙がたまっている。それでも途中で留まれない気持ちよさで、意識ごともっていかれそうな俺に自制心が働くわけもなく、一気に根本まで埋めてしまう。押し返そうとする反発は当然ある。俺も苦しいと言えば苦しいが、圧倒的に快感の方が勝っている。皆守の腹の上に汗が落ちた。「痛い?」と訊きたくなったが、痛くないわけがないから黙っておいた。
「ま、だ、動く、なよ」
皆守はぎゅっと目を閉じて荒い息だ。口は大きく開いてるけど酸素が足りてなさそうで、少しだけ罪悪感を抱く。手を伸ばして皆守の汗で湿っている髪を梳いた。
「俺ばっか気持ちよくてごめんね」
本心を吐いたら、皆守がふっと笑った。水気のある瞳が開いて、目があう。罪悪感はあるけれど、皆守が苦痛を浮かべるだけ幸せも感じる。辛くても受け入れてくれるんだ、という悦び。
「……九ちゃん」
腕を強く回された。角度も深くなり、皆守の膝も更に折れる。窮屈でも、精一杯近くなろうとしてるんだと思うと愛しさしか沸いてこない。皆守が、耳元で、「俺もだ」と息と声の間、みたいなかすかな囁きを洩らす。それが俺のどの台詞にかかるのかわからず一瞬困惑するが、一瞬後にどれにかかっていても幸福だということに気づいた。
「動いていい?」
可愛いと評されることが多いが、一度も皆守からは褒められたことがない真剣な顔で見つめてみる。皆守は「……いいが、忘れるなよ」と言った。俺は何があっても、大事な記憶は死ぬまで手放さないと決めている。頷くのは簡単だった。キスをして、皆守の両掌をシーツに、俺の手で縫い止める。体温の低い皆守の掌はもう、冷たいとも温かいとも感じなかった。きっと、熱接触じゃなく熱平衡状態になっている。同じ温度を分け合えるなんて、人体というのはとことん、愛し合うように出来ている。今までせずにいたことが、本気で宝の持ち腐れだったと痛感する。背丈の割に細いウエストを掴んで揺さぶる。さっき覚えておいた箇所をなるべく狙って擦り付けるが、それよりも衝動が勝ってしまう。気持ちいいだとか、好きだとかいくだとか、即物的なことしか考えられない。
でもきっと、俺の下で喘ぐ皆守もそれは同じだろうから、それでいいんだと頭の隅で理解していた。
葉佩の熱が注ぎ込まれ、さすがに疲れたらしく躯を覆い被せてくる。こいつのめったにない切羽詰まった呼吸や表情に、俺は予想外に満たされた。が、それと疲労は別だった。挿入で射精こそしなかったものも、ずっと絶頂感が続く、いってしまえば意味の解らない感覚の中に浸らされていたせいで、心底眠気を催していた。これなら同じ面倒でも自慰の方が楽だ。葉佩が「甲ちゃんいってないよな、俺舐めてあげるよ」と寝言を吐くので、がつんと殴ってシーツを被る。これ以上、あの快感が続けば死ぬと本気で思っていた。よかった、よくなかったは別にしても、だ。ベッドからずり落ちた葉佩が這い上がってくる物音。
「ちょっと待って、風呂行こうよ。後始末とか、待って、――あ、寝ないでよ甲ちゃん。えーと、ピロートークとかいらないの?後戯とかっ」
「いらん」
とにかく今は眠い上に、葉佩の顔をまともに見るのは不可能だ。最中は顔が見えた方が安心したが、今ではそんなことを思っていたことさえ、信じられない。よく出来たな、あんなこと。と平静な感覚の羞恥が胸の内をいっぱいにしている。
「甲太郎、お前セックスの後すぐ背中向ける男は嫌われ……」
と、葉佩の抗議の声をベッドの下に放っておいたH.A.N.Tの着信音が遮る。
天香遺跡の呪いからは解放されたはずだが、まだ呪われてるとしか思えないタイミングでいつも、葉佩には指令のメールが届く。きっと今回もそれだろう、と諦観の思いでいると、案の定葉佩が「さいっあく」と呟いた。俺はシーツの繭の中から訊く。
「次はどこだ?」
「……鳥取」
「じゃあな。土産はカレーでいい」
「ちょっと待ってってば!甲ちゃん、悲願を達成したってのに冷たすぎない?さっきまであんなにかわいかったのに……」
お前も一生懸命で可愛かったぞ、と言うか黙れと言うか、どちらのほうが葉佩は静かになるだろうかと悩むが、結局勝ったのは無言の眠気だった。だいいち、言いたいことはもう全部言ってしまった。
どんどん頭の中の空間が狭くなっていく感覚。眠りに落ちる前の浮くような心地は好きだった。さっき分け合ったばかりの葉佩の体温が残っているせいで、きっと余計に眠いんだ。あいつの体は熱すぎる。
「あーくそう、帰ったらもっと凄いことするからな!」
しっかり覚えてろ甲太郎、と葉佩の叫びが聞こえたのを最後に音がしだいに消えていく。
平穏や安息を得られるとしても、お前の記憶だけは差し出さねえよと思いながら、
俺は夢の世界に墜ちていった。
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