今夜は眠れない




寮の自室のベッドへ横になって、目を閉じる。
平時ならば、一度閉じれば目覚めまで開くことのない皆守の瞼は何度も瞬く。
仰向けになってみても、うつ伏せになってみても、腹の底に溜まった淀んだ思いが邪魔をして眠りの世界へ行くことが出来ない。こんなことは、あるべきことではない。彼の安息の場所は夢の中だけであるはずなのだ。皺になるほど眉を寄せる。
苦痛でしかたがない不眠の、原因は解っている。
―――葉佩だ。
皆守はチッと舌打をした。それしかない、と解り切っている自分への苛立ちだ。
今夜開いた新しい扉は黄金からなる空間だった。悪趣味な造りに辟易とするが、降雪の寒々しいエリアよりはマシだとも思った。
当然初見の敵の姿もあり、葉佩は準備の悪さから相当苦戦をした。力を隠していなければ、自分が変わってやろうかと皆守が思うくらいに。
致命傷を負いそうになる葉佩を、皆守は偶然を装った見切りで避けさせる。同じく同行だった八千穂のラケットもよく働いた。
不甲斐ないハンターは、人の助けを借りることを恥とは思わない。葉佩はやっぱり二人だよなあと笑った。
何が?と聞いたのは八千穂だった。葉佩はにっこりと笑って答えた。
『もうずいぶん潜ったし、石碑読んでても解るんだけどね。……きっともうすぐ最下層だと思うんだ。その時、隣にいて欲しいのはやっぱり、やっちーと皆守だよなあって』
私達からはじまったんだもんね!と八千穂が嬉しそうにはしゃぐ。皆守は黙って二人のやり取りを聞いていた。黙るしかなかった。
最後の時、遺跡を開放しようとする葉佩のそばに、自分は居るだろう。皆守はその光景がまざまざと浮かぶ。
ただし、隣に居るのではない。居る場所は、敵として向かい合う――正面だ。
チッ、と二度目の舌打ち。
皆守は上半身を起こして、珍しく枕元に置いてあった携帯を開く。気遣いのない液晶の光が眼を焼いた。
深夜の二時。授業に出ると仮定しても、まだ六時間も眠れる。しかし、それが出来る気はまったくしない。
自分自身に向けた、言い訳が湧き出てくる。
これ以上進むなと、何度も忠告した。目立たずに大人しくしていろと。なのにあいつは耳を貸さなかった。
そして、それをすぐに打ち消す自分もいる。
それもそのはずだ。なにしろ、俺とは目的がまったくの間逆なんだから。
親友を欺いている。その事実に、目の横がずきりと痛む。叉神経層が集まっている箇所だ。皆守はぐいぐいとそこを押した。何も気づかず、何も成さずに居られたらひどく楽だ。頭が痛んだりもしない。誰かのことを考えて、眠れなくなったりもしない。
知ってる奴が死ぬのはもう見たくない。
被害者面してる奴を見ると虫唾が走る。
ぜんぶ、自分のことだ。自己嫌悪と同属嫌悪だ。
皆守の頭の中には止め処ない負の思考が流れ込んでくる。乱雑なノイズがキリキリと頭蓋を締め付ける。
俺は権利を行使してきた。力を揮ってきた。だったらそこには義務がある。
終わりはきっともうすぐだと葉佩が言った。
最大の障害が葉佩であるなら、生徒会の為に動くしかない。
「……阿門」
皆守は頭を押えながら、生徒会長の名前を呼ぶ。
強すぎる呪いは、言い換えることが許されるならば『絆』だった。
執行部が転校生の側に寝返ることはあっても、右腕の自分が裏切ることは出来ない。
いいや、違うなと皆守はうっすらと笑う。
したくないんだ。阿門を裏切るようなことは、何があってもしたくない。
「あいつには借りがある」
呟いた後、皆守はふっと不思議な気持ちになった。
何を迷い悩む必要があるのか、というごくごくシンプルな境地にたどり着いたのだ。力の行使。二年前には日常的にしていたことだ。
葉佩に対して負い目をここまで感じる必要はなんだ?と、それこそおかしな話なんじゃないかと考える。
人が生きていれば立場というものが生まれる。
ただそれだけの話だ。
皆守はそう結論付けて、携帯を放り投げる。アラームも設定していない。授業に出るという仮定をしなければ、いくらでも眠ることは出来る。
結論をつけたはずなのに、潮騒のようなざわつきはけして消えない。
親友を殺す覚悟があるのか?と胸の奥から尋ねられる。執拗に、何度も。皆守はうざったさに舌打ちを打つ労も払いたくない。
あるさ、となげやりに答える。
だって仕方がないのだ。葉佩が歩みを止めるときは、きっと心臓が鼓動を打たなくなった瞬間しかない。だったら、そうするしかない。自分がするしかない。訳のわからないファントムなんていう輩にそれが出来るはずもない。
皆守はごろりと寝返りをうって、壁側を向いて右腕を枕にした。
覚悟はある。そうしなけらばいけない理由もある。
だけれど、何故か。考えても考えても
―――負ける葉佩は想像できない。
人が想像出来ないものは、想像したくないものだけだ。
皆守はそのことに気づいて、憂鬱を通り越した笑いが起こる。
つくづく自分という生き物に嫌気が差しつつも、いかにもらしいと洩れる自嘲。
「なんだ……俺が欲しかったのは死に場所か」
卒業してもどこにもいけない墓守に、とことん相応しいものだなと、皆守は納得した。むしろ、はまり役すぎて笑えるのだ。
未来が考えられない理由は、常に自分の中に答えがあった。

眠れない夜がこれほど長いということを、皆守が初めて知った日のことだった。






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