これで二十本目になる阿門邸からがめてきた日本刀。生徒会室から着こんで盗んできた鎧兜。それらを自分を中心点にして円形にずらりと並べた。そして、葉佩は感嘆の息ではなく、嘆きの息を吐く。コレクター魂に火をつけるようなお宝を前にしているのに、心が水浸しなので魂には煙も上がらない。
どうせ今夜は眠れない。
それだけはわかっていたので、いつもの遺跡探索を終え、シャワーを浴びた後にも拘わらずベッドの上には横たわらない。というよりも、調合前の石や木が新聞紙にくるまって転がっているため、ベッドの上には座る場所さえないのだが。
「因果応報?信賞必罰?……違うな。えーと、なんだっけ、こういうの」
葉佩の手の中には、機密事項と書かれたノートがある。
遺跡探索に行く前に、立ち寄った生徒会室で部屋のインテリアにぴったりな鎧を見つけ、テンションが上がりに上がってしまった為に、ついつい鎧のそばにあった金庫破りまでしてしまった。
ルパン三世の仕事がクラリスの心を奪うことで、銭形のとっつあんの仕事がルパンを地球の裏側まで追いかけることならば。トレジャーハンターの仕事はまさに宝を探すことだ。
皆守の部屋から奪ってきたレトルトカレー。八千穂の部屋からぱちってきたティッシュ。それらを『宝』じゃないと誰が言い切れる?校庭から拾ってきた石達。これだってガラクタじゃない。ガラクタなんて言ったら、黒塚の友好度はたちまち氷点下を付くだろう。
葉佩はそうやって、普段は己の探索に対する後ろめたさはまったく抱かずにいる。しかし、盗みは盗みだ。という自覚がないわけでもない。だから、この手の中のノートは。まさにそんな自分への罰ではないかと考えたのだ。
機密事項というノートは、覗いてみれば神鳳がつけている『会計記録』だった。
単位が一円単位で、収支はきっちりと合っている。意外に予算が少なく、学園のために出ている支出が多い。生徒会も苦労してんだなあ。と思いつつ、にやにやと眺めていたのだが。葉佩は最後のページに書かれたメンバー表に驚いた。一度書いて消した跡があったが、うっすらとした文字でも認識できてしまう身近な名前。
阿門のすぐ下に、皆守甲太郎と記されていた。生徒会長の次と来れば、高校にまともに通ったことのない自分でもわかる。副会長だ。
「ばっかじゃねえの」
誰に向けてかわからない言葉を吐き出す。ノートを行き先も見ずに放り投げる。苛々としすぎて、目の奥に赤色が見える気がした。
ノートを見てしまってから、当然頭の中が混乱した。八千穂と皆守と今夜は新しい遺跡の扉を開く約束をしていたが、探索は散々だった。
頭の中がショックで混戦状態になっていたせいで、準備もせずに赴いてしまい大苦戦。ベストの中には輪ゴムと黒板消しとコンバットナイフしかなかった。
八千穂のスマッシュがなければ七回は死んでいたし、皆守がうとうとしてくれなければ十回はあの世を見ていただろう。しかし、皆守にはいつものように感謝は出来なかった。しっかりしろよ馬鹿、と言われるたびに過ぎる疑問。
本当か?本当に心配してるのか?俺にここで死んでもらったほうが、手間が省けるとか思ってないか?生徒会に目をつけられるなって忠告してくれたのは親切心からなんだよな?知ってる奴が死ぬのは嫌だって言ってたのは本心なんだよな?
じめっとした疑問の嵐に心底うんざりとする。
「…………暗い。暗すぎるっつの」
ネガティブは柄じゃない。葉佩は放り投げていたH.A.N.Tを手に取る。時刻は深夜の二時。こんな時間じゃメルマガだって届かない。
さすがにノートを見てから六時間たっている。人は強いショックを受けようとも、そこから這い上がるガッツを兼ねそろえている。暗い思考になったついでに、探索では皆守を試すことまで言ってしまった。
最後の戦いの時、隣に居てほしい。いつもの調子を装った真摯な想いで告げたが、皆守は一度も頷かなかった。答えなかった。ああそうだ。注意深く思い返してみて気づく。皆守は一度も嘘はついてない。ただ言わなかっただけだ。肝心なことはいつも沈黙で終わらせていた。
「数ヶ月ばかりの付き合いの短い親友じゃあ、言えないことだってあるだろ」
嫌味でもなんでもなく、そうだろうと納得してしまう。まったく、たったひとつの隠し事にここまで動揺するなんて、俺らしくないと首を振る。
もともと葉佩は、生徒会を『敵』だなんて考えたことはない。
仕事の邪魔をしてくるなら戦うが、協力してくれるなら戦った一秒後には仲間だ。ようするに、相手が皆守だろうと阿門だろうとそうすればいい。思い悩む必要なんてないんだ。
「……《生徒会》だとか、《転校生》だとか、そっちが立場を作りたがるんなら、……全員俺の側に引き込んでやる」
決意を固めて呟く。しかし、葉佩の神経はまだ高ぶったままで安眠には程遠い。
怒りや気合で誤魔化してみたところで、やはり皆守が『自分に言わずに勝手に苦しんでいる事実』には傷ついていた。言えばいいだろう。相談して来いよ、頼れよ。声を押し殺すなよ隠すなよ俺の前では気持ちを一ミリだって仕舞わせたくないんだ。俺なんか即行で正体ばらしたのに。戦法も武器もオープンしてるってのに。お前相手に許せないことなんか一つもないんだから、なんでも話せよ。裏切ってるって思うなら苦しむなよ。辛そうな顔で黙るなよ。特記事項が『甲ちゃんマニアです』な俺なんだぞ。十歩歩いてる間に毒抜きだって出来る。笑って話してくれさえすれば、十歩進んで忘れてやる。受け入れてやるんだから、逆のことをしないでくれ。
たくさんの文句が浮かんでは消えずに残る。嘘がひとつでもある友情に憤っていた。
「全力で戦ってやるから、早く俺のものになれよ」
格好をつけてみるが、誰にも届いていない台詞には意味がない。葉佩は虚しさに泣きたくなったが、本当のことを皆守が言うまで、一粒だって涙を零してやるかと歯を食いしばる。
やる事の多さに眠れない夜は幾度もあったが、一人のことを思って何も手に付かない夜は初めてだった。