SPYSEE SPYSEE



「皆守、朝だぞ。あっさ、ほら、太陽」

シャッとカーテンが引かれ、紫外線量はたいしたことないんだろうが、凶悪な日光が部屋に差し込む。俺は起こしてくれと頼んだ覚えがない相手に感謝するほど御目出度い性格はしていない。
ベッドサイドでトレハン体操をし始めた不法侵入者の手首を掴み、そのまま背へとひねり上げる。

「イタタタタタ。ギブ、ギブ!キまってるから!かんべんっ、痛いって!」

たいして力も込めていないのに大げさに痛がりやがって。早朝だと葉佩のオーバーアクションは煩さすぎる。

「おはよう葉佩。ところで聞くが……昨日ってか今日だが、お前は何時まで俺を遺跡で連れまわした?」
「おは、おはよう皆守。えーと、えーと、一時だっけ?」
「四時だ、遺跡狂いッ」

ギリギリとさらに締め上げる。痛い痛い愛が痛いと騒ぐ葉佩を冷たく見下ろしてから、ぽいっとその手を離した。

「いいか、三時間睡眠なんざ、俺にとっては三年寝てないよーなもんだ」

寝させろ、と怒鳴って布団をかぶる。今週干したばかりの羽毛はよく膨らんでいる。
と、葉佩が温もりごと布団を勢いよく取っ払った。殺意がふわりと沸く。

「まあまあまあ、今日は家庭科が二時間もある日じゃん?」
「それと俺を凍えさせるのに、どんな因果関係があるんだよ」
「女子と皆守のエプロン姿が見れるなー。と思うと楽しみすぎて早く目が覚めちゃって。トレハン体操付き合えよ」
「嫌に決まってるだろうがッ。布団返せ」

誰かのエプロン姿に興味を抱いたことなんざ生まれてから一瞬だってない。というかなんで俺が女子と同列カテゴリなんだ。
こいつの頭は発酵してるかドロドロに溶けてるとしか思えない。葉佩を蹴り倒そうと立ち上がるが、羽毛布団を抱えているというのに、こそ泥ハンターは身軽に部屋の中を動き回っていて、その姿は蝶さながら、というか蛾のようだ。トレハン体操なんておかしなものを毎日すれば手に入るのかその俊敏性は――もしそうでも、絶対に嫌だが。

「先週さぼったから知らないんだよなあ、ダルダル甲ちゃんは。なんと、今日の調理メニューはカレーだ」

ぴたり。と、俺は蛾(というか葉佩)の顎に照準を合わせて、振り上げようとしていた脚を止めた。

「嘘だな」
「ひどい……なんで一番に嘘の可能性を思い浮かべんの?」
「日ごろの行いだ」

七瀬の前では知りもしないことに知ったかぶりをして博識面してる葉佩だ。口から出任せを言う体質だとわかってるだけに疑わしい。

「はい、プリント」

そういって、葉佩がポケットから取り出したのはくしゃくしゃのザラ紙だった。経費削減で一度使用した裏紙を使っているから見づらいが、確かにカレーのレシピとエプロン等の準備物が書いてある。これでこの学園が全寮制でなければ、材料は各自が自宅から持ち寄るのかもしれない。

「……本当か」
「そう言ってるだろ!」

騒ぐ葉佩には取り合わず、俺は部屋着兼パジャマがわりにしているセーターを脱ぎ捨てる。いつものファイヤープリントのTシャツに着替え、学生服に袖を通す。

「ああ、生着替えはもっとゆっくり……」

葉佩が何か言ってるが無視し、置く場所がないため机の引き出しに入れているスパイスの小瓶をざっと眺める。

「フェヌグリークとナツメグが足りないな……いや、野菜カレー用の調合なら……」
「皆守?たかが調理実習だぞ?きっと市販のカレールー使うに決まって…」
「俺がそんなレトルトとたいして変わらないもんを許すと思ってるのか?」
「……おいしいけど……市販のルー」
「俺がもっと旨いのを食わせてやる」
「なに、その無駄な男らしさ」

はあーと葉佩が呆れているが、俺にはその時間だって惜しい。

「お前趣味はネットショッピングだったな?」
「スパイスなんか売ってないからね。ジェイドショップは」
「チッ……使えねえな」
「それはジェイドショップに対しての台詞?それとも俺に対して?」
「なあ、葉佩」

話している間に、最低限のスパイス分量の配合シミュレーションは終わっていた。どうしてもナツメグが足りない。こんなことになるなら、いつでも使えるように粉を完成させて寝かせておくべきだった。そうすれば香りだって強くなる。――今更悔やんでも遅いとわかっていても考えてしまう。

「お前が使える男だってところを見せてくれよ」

じっと、布団を頭からかぶっている男を見つめる。だんだんと相対者の瞳が潤んでいき、頬に朱が差し、もじもじしだした気がするが、気持ちが悪いから気のせいだと思っておく。

「なにがいるの?甲ちゃん……」
「ナツメグが小さじ三分の一」
「Aye, aye, sir!」

葉佩がぴしりと敬礼のポーズをとる。見つめただけで妙にやる気が出てきたらしいお手軽なハンターは廊下側のドアからじゃなく、わざわざベランダ側の窓から出て行くようだ。サッシに足をかけ、ワイヤーガンをセットしている。その様子を後ろから見守る。

「あれ?一緒に来てくれないの?皆守」
「俺にはまだすることがあるんでな」

カレーは手をかければかけるほどコクが増す。時間をけして裏切らない代物だ。葉佩は不満そうに顔を歪めたが、やがてフッと笑った。

「見事それをおれが調達してきたら、皆守は俺にますますベタ惚れだな」

なんだその、もう惚れてることが前提の言い草は。と呆れるが、

「そうだろうな」

人事のように頷く。こいつが転校してきた当初は、律儀に突っ込んできた葉佩の求愛のノリにもすっかり慣れきっているのでかるく流す。慣れたというか、最近はむしろ飽きてきたぞこの感じ。

「愛してるよー!みなかみー!」

絶叫しながらワイヤーをつたって滑り降りていく葉佩に手を振ってから、さて、と俺は腕まくりをした。
地上最強カレーを生み出すために、やるべきことはまだまだ残っている。


その後、ちゃんと家庭科の時間までにナツメグ(そっくりなものを)を葉佩が調達してきたおかげで、満足できる味のカレーに仕上がったが。後日あれはヒモロギの種子を乾燥させたものだということを知り、もう二度とこいつには調達を頼まないと俺は固く誓った。






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