チュートリアル


※名も無きオリキャラ、新人ハンター視点注意




存在自体が秘密裏な組織なはずが、実は全然潜んでいないロゼッタ協会。
人材不足が深刻化すると電車のつり革にまで求人広告を出すところが、本気で意味がわからない。だがしかしそんなものを見て連絡したところで、《表向き仕様な》人事部と広報部が動くだけ。裏家業の説明を受けるに相応しいと判断されることがまず困難。たとえ残っても、その後の適正判断の時点で振り落とされる上に、採用されても死亡率が極端に高い業種。現役で十年、二十年活躍するどころか、そもそも初めの依頼で生き残るのが至難の業。どのみち協会で働ける期間は短い。なので、個人に協会の全貌が明かされることは生涯ないのだろう――が、それでも俺は全然かまわない。明日の保証がない職業なことはよくわかっているし、欲しいものはスリルであって福利厚生システムではないのだから。
ひとつでも多くの謎を解き、冒険の末に命を失うのならば。何も怖いことはない。遺跡の謎が解けるのならば、組織の内情になど興味はない。

しかし、こればっかりは気になって仕方がない。
そう思って、問いただしたくなる謎がひとつだけある。

「おい、新人。そこは足場が悪いから気をつけろ」

俺の今一番の猜疑の対象、皆守さんに肩を掴まれる。カイロの外れの遺跡に潜って半日、こんな注意をもう十は聞いた。俺が鈍くさい訳じゃない。ただ単に、この人が口うるさいんだ。

「はい」

素直に返事をするのにも疲れてきた。さっきは天井から水が降ってくる仕掛けのあるエリアで、風邪をひくから髪を乾かせと鬱陶しいくらい構われた。この人は俺のサポートで付いて来てくれている、言わばベテランのお目付け役なのだが、いかんせん親切すぎる。あんたは俺のお母さんですか、と呆れたくなる。立場上、そんなことは言えないが。

「リロード忘れるなよ」
「……はい」

今まさに、やろうとしていたことを指摘されると腹が立つ。わかってますと言いたくなる。何なんだ、この人。俺は苛立ちを隠す努力が難しくなっている。自然、手つきは雑になった。弾は乱暴な音を立てる。

ここに来る前に聞いた、皆守甲太郎という人物についての風評を思い出す。
曰く、かの有名な《宝捜し屋》ロックフォードの遺した、不動のハンターランキング一位記録を、弱冠十代にして塗り替えた偉大な男、葉佩九龍の右腕であるというもの。彼が相棒を必要とする探索に出かけるときは、必ず皆守を指名するし、自分に何かあった際の引継ぎには彼を選ぶ。そして、ここからが噂の馬鹿らしさを強めているのだが、曰く皆守甲太郎という人は。葉佩九龍の愛人だというもの。

「ちっ」

せっかく見つけた石碑の暗号がなかなか解けない。使われている言語の知識が足りないせいで、文脈が読めない。ここは言わば、新人の練習用の遺跡で、自力で不可能なときは案内人に頼っていいことになっている。けれど、俺は頼りたくなかった。きっと事実無根な、悪趣味な風評のせいもある。俺は葉佩さんを尊敬している。いつかは並びたいと憧れている。そんな人に、男の愛人なんかたとえ噂の上だけでもいてほしくないし、一挙一足に口出してくる皆守さんに、「まるでお前は未熟だ」と馬鹿にされているようで腹が立つのだ。なんとしても、彼の力は借りたくない。

「神代文字だな」

背後で、アロマパイプに火を点した音がする。ヒントを呟かれたってのはすぐにわかったけど、それは同時に俺が石碑に刻まれている文字をサンカ文字と誤認していることまで見抜かれているってことで。

「知ってましたよ!」

苛立ちに支配されて吐いた強がりは、ますます俺のプライドを傷つける。

「そうか。だったらいいんだ」

寛容な台詞に狭量な自分を責められている気がする。俺はなんだか、泣きたくなった。訓練施設では才能があるとちやほやされたのに、こんなはずじゃなかったのにと臍を噛む。訓練と実践の間には天と地ほどの差があることを、じわりじわりと思い知らされているこの焦燥。がりっと、爪が石碑の端を引っかいて嫌な音がする。ああ、ほんとうに。何もかもが上手くいかない。

「この辺で休むか」
「冗談じゃないですよ。クリアの早さだって査定されてるんでしょう」
「……焦ったって何にもならないぞ」
「うるせえっ」

お目付け役である皆守さんに、気が付けば怒鳴っていた。ハッとするが万事は遅い。何点減点されるんだろうか。皆守さんの眠そうな目が吊上がったのを見て、慌てて失言を取り消そうとするが、俺が口を開くよりも彼の蹴りのほうが早かった。回し気味だった足の旋回に捉えられ、真横に吹き飛ばされる。

「そのまま、伏せてろ」

怒りで蹴られたのではないと、その声に教えられる。俺がさっきまで立っていた場所へ、天井の巨大な岩の割れ目から蠍の尾が伸びて突き立っている。毒々しい色に、通常のものよりも巨大な体躯。三畳紀の古代サソリを思わせるフォルム。尾だけで大人の体の全長ほどの太さと長さがある。実体はどれほどの大きさなのか、考えただけでゾッとする。

「新人、訓練は中止だ。こいつは俺でも見たことがない」

スッと、皆守さんの目が細められる。臨戦体制にはいった動物みたいだった。俺は這いつくばったまま硬直してしまう。皆守さんが動けない俺の前に移動した。毒々しい紫の尾の動きはまったくもって予測できないし、尖った先端が濡れているので毒性は明らかだ。歯の根が合わず、ガチッと鳴った。俺は無力だった。こんなの聞いてない。俺は聞いてないと叫びたくなる。

「大丈夫だ。お前は俺が守ってやる」
「み、なかみさ……」

ついさっきまで小馬鹿にしていた人に助けられている。こんな状況で、俺はまったく違う種類の噂も思い出していた。曰く、皆守甲太郎という人は。法から外れた裏家業に身を投じていながら、生への執着が強いというもの。慎重、臆病、小心者。謗りを受けようがなんだろうが、絶対に無謀な状況には身を置かない。いつも生存を最優先したプランを組む。新人教育の案内役を進んでするのも、楽な仕事だからというもの。その噂を聞いてから、俺はこの人を見下すようになったことも思い出した。けど、今このとき見上げている背中からは我が身可愛さからくる生き意地の醜さ、なんてものは感じない。

びゅん、と風を切る音がして尾がしなる。よく見れば表面はびっしりと細かい棘に覆われている。皆守さんはベストから小銃を取り出した。そんなものでどうにかなる体躯じゃない、と思う。厚い表層は甲羅のように硬化され、動き回る尾には規則性もない。弱点は見えていないボディの方である可能性は高いし、こんな怪物を相手にするならばマシンガンクラスの銃火器が欲しい。絶望しかないじゃないかと思っていると、バララララと、マシンガンの乱射音が響く。幻聴でない証拠のように、蠍の尾はうねり、ギィィと鳴き声なのか、悲鳴なのか区別のつかない叫びが割れ目から漏れ聞こえる。

どうやら上のエリアで、被弾してダメージを受けている。それはわかるが、じゃあその相手は誰なんだと不審な思いになる。ここはロゼッタ所有の遺跡だ。救助が来るにしても、今しがた危機と遭遇したばかりであるのに、いくらなんでも早すぎる。

やがて銃声がやみ、巨大蠍のものと思しき断末魔が響き、仕上げのように爆音が上がった。

「おい、新人。もーちょい、下がれ」

何が起こっているのかさっぱりわからず、放心している俺の肩を、皆守さんがブーツの先でつつく。彼は現状を把握しているようで、冷静そのものな面持ちで小銃をくるりと回して懐へしまった。
慌てて匍匐で後退すると、もう二、三度爆発音がする。天井の割れ目は幾何学模様を拡大させる。それより間を置かずに、頭上の岩の蓋はバラバラと粉砕され粉塵が待った。ゲホゲホと咽て、目には防護の為の涙がたまる。ズドンと重量感のある音を立てて、何かが落下した音と地響きがする。

「な、なにが……」

目を痛めることになっても構わない。早く状況を理解したくて無理やり目蓋を開ける。後塵凄まじい灰色の視界に、黒い影が二つ。
ひとつは全長が十数メートルはあろうかという蠍の、仰向けになった姿。そしてもう一つは人影だった。人のシルエットは、ぶんぶんと手を振っている。

「甲ちゃんっっ!!」
「やっぱり、お前か……九龍」

人影は顔の半分を覆っていた暗視ゴーグルをぐいと上げる。皆守さんの言葉を信じるならば、その人は葉佩九龍であるようだった。葉佩さんはトップハンターの出演も音声だけという謎多き人なので、俺も顔は知らなかった。

「なんでお前が来るんだよ」
「いやー、このあたりで三畳紀の蠍が生きたまま発見されたって聞いてさあ。見てみたいじゃん、そんなの」
「今日はお前、大事な古代兵器の解析実験の日だろう」
「そんなのより、俺の甲ちゃんが心配で心配で……」

と言いながら、葉佩さんはコンバットナイフをギコギコと、蠍の横腹に刃を入れている。ザクッと筋肉の筋に沿って切断し、てらてらとひかる桃色の内臓を切り離し、人好きしそうな笑顔で一言、「見たこともない肉ゲットー」とか暢気に言っている。
皆守さんは、はあっとため息をひとつこぼしてから、くるりと俺に向き直った。

「立てるか?」
「……はい」

さすがに腰までは抜かしていない。差し出された手をとって、立ち上がる。起立した後にも皆守さんの手が伸びてきて、なんだ?と思っているとパンパンと髪や服の汚れをはたかれた。本気で、面倒見レベルが生みの親クラスな人だ。

「あーあ、甲ちゃん。そうやって数々の新人ハンターをたらしこんでるの?」
「人聞きの悪いことを言うなっ。誰がいつ、そんなことしたっていうんだっ」
「転校したばかりでひとり戸惑ってる俺を誘惑したじゃんか」
「……初日からうっきうきで墓地へ繰り出してたくせに。戸惑ってたとか嘘言うな」
「いやーでも、あの甲斐甲斐しさはときめいたよ。あの時の缶コーヒー、まだ取ってる」
「捨てろ!」

葉佩さんは肉塊を食塩で揉みながら、ビニール袋に包んでベストへしまい込んでいる。手際のよいハンターというよりは、食材管理の上手い主婦みたいだ。

「怪我はない?甲ちゃん」
「戦ってもないのに、あるわけないだろ」
「よかった……絶対の絶対に、甲ちゃんは無茶しないでね。俺が悲しむことはしないっていう、屋上での約束は永久持続だからね?」
「……わかってるっての」

俺は、直感能力は優れているほうだ。二人のたったそれだけのやり取りで、皆守さんが慎重に慎重を重ねた探索をする理由を見出してしまった。そして何故か、そのことに――妙な切なさを抱かされる。わけもわからず胸を押えていると、葉佩さんに挑戦的な視線を投げかけられる。
何に対しての切なさだか、自分でもわかっていない俺の心情を、まるで全部見抜いてるぞと言わんばかりな視線だ。

「新人くん。甲ちゃんは俺のだから。惚れても無駄だからね」
「は……はあ」

噂の『皆守は葉佩の愛人』のフレーズがパッと頭に浮かぶ。葉佩さんは皆守さんの肩に顎を乗せて、甘えるように「疲れたー」とつぶやく。皆守さんはそんな彼を鬱陶しそうに見下ろしつつも、否定もせずに、頭を退かすこともしなかった。
俺は遅れて自分が言うべきことに気づく。

「お、男に惚れたりしません」

二人は顔を見合わせてから、同時に吹き出した。タイミングばかりか、なんだか――笑い方まで同じに見える。

「「おっせーよ」」

先輩二人に笑われ、俺は少しだけ赤面した。続けて、「冗談に決まってるだろ」と皆守さんが呟き、葉佩さんが「本気なのになー」と口を尖らせる。
葉佩さんのコミュニケーションの取り方が異常なせいで、変な噂が生まれたのか。それとも本当にそうなのか――ひどく曖昧で、はっきり言ってどちらの可能性も高そうだ。俺は無性に、噂の真偽が気になった。しかし、ただの好奇心じゃなく。尊敬する先輩の名誉のためでもなく。
己の気持ちのために知りたくなった。




後日のことになるが、
あの日、巨大蠍がカイロの遺跡に向かう痕跡を発見という報告を聞いた葉佩さんが、大事な研究を即座に中断し血相を変えて重装備で遺跡に降り立ち、通常半日の行程を二時間という強行軍で下降し、敵影を殲滅したのだと聞き、俺は噂は半分当たりで、半分外れなのだと思った。

つまり、皆守さんは葉佩さんの愛人ではなく、嫁のポジションなのだ。





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