JUST FOR YOU
「久しぶりだな葉佩九龍」
卒業後も、なんだかんだと阿門邸に集まっているらしい元生徒会メンバーに招集され、俺は威圧感のど真中にいた。正直に言って、それより何より優先しなくてはいけないことがあるため、懐かしんでいる暇はない。
「九龍、男ぶりが上がったわね」
「龍さん、守護霊力は芳しくないですよ」
「センパイ、勝負の約束っ」
暇はないはずだけど、やっぱり旧友との再会は俺の顔を締まりなくするには十分なほど心躍るものだった。肩を叩く、ハグ、握手、額をこずく。を発言順にして
いく。夷澤が「俺のこと見違えたでしょう。身長も伸びたんすよ」と言ったが、むしろ縮んでるようにしか見えない。どうやら俺の伸び率のほうが大きいらし
い。
「今日来てもらったのは他でもない。皆守甲太郎のことだ」
「っ!……甲ちゃん、ここに居るの!?」
「千貫のバーで、酔いつぶれている」
俺は即座に、応接ソファから立ち上がった。が、真横にいた双樹に腕を引っ張られ無理やり座らされる。不可抗力で胸があたっているが、それについて何か思う余裕もない。二日前、二人の部屋を飛び出したきり行方不明だった恋人の所在を掴んだのだ。飛んでいきたいに決まっている。
「九龍……何があったのか話さないと、迎えには行かせないわよ」
「なにって、その……」
「どうせセンパイが浮気したんでしょ」
「する訳ないだろ!?」
席がなく、立ったままの夷澤にあり得ない可能性を示唆され怒鳴る。向かいの席で、阿門が不思議そうな顔をした。
「違うのか?」
「阿門まで……」
「僕もそうだと思ってました」
「神鳳……!」
「だって、ねえ。卒業からちょうど三年だし、一度くらいそういう修羅場があってもおかしくないじゃない。甲太郎は淡白そうだし、九龍だし」
「九龍だしってのは、どういうことだよ」
「そのままの意味っすよ。センパイ気が多いでしょ」
「俺は一途だっての!」
情熱を込めて断言するが、在学中の八方美人ぷりをしっかり覚えているらしく誰にも同意して貰えない。
「とにかく、甲ちゃんは俺を待ってんだから。迎えに行かないと」
「お前が何をしたか話すまでは、行かせる訳にはいかない」
阿門にきつく睨まれ、彼の意を酌んだ双樹にますます強く腕を回される。ああ、そうだった、そうだった。阿門はいっそ異常なほど皆守に甘いんだった。それに
しても、皆守が、じゃなくて俺が何かした前提なのは気に食わない。……まあ、原因は確かに俺だけど。嘆息して、ジャケットの内ポケットから生徒手帳を取り出した。小豆色のカバーに金の装飾文字で学校名と校章が描かれている。ありふれている物よりも少しだけ高級感のある本皮仕様。
「俺がちょっと前まで行ってた潜入先」
手帳をぽいっとテーブルの上に投げる。阿門はそれを無言で捲った。残りの三人は顔を近づけて覗き込んでいる。やがて友人達のアドレス欄まで到達し、指が動く速度がゆっくりになった。
「ふむ……騒々しいプリクラばかりだな」
「というか、全員女性ですね」
「すごいわね、みんな美少女じゃない。あら、スリーサイズ書いてる子もいるわ。可愛いわね」
「流石っすね、アンタ。犯罪者の素質ありまくりですよ」
「……いや、女子高だったんだよ。潜入先が。今回は教員として潜り込んでさ…」
だから、プリクラが全員女子だった訳だ。しかし、予想以上に慕われすぎた。俺は昔から人との距離の取り方がヘタだと言われるし、自分でもそう思う。節度ある立ち位置というのがわからないのだ。気が付けば相手の懐のさらに奥まで近づいてしまっている。それで皆、救われたといってくれることがむしろ俺への救いだ。
「いや、これだけ見てキレたとか、そんなんじゃないんだよ甲ちゃんも。多分さ、俺が天香卒業した後もあちこちの高校を渡り歩いてるのを……、一切話題に出さないのが嫌だったみたいでさあ。女子高潜入ってのも、あらかじめ言っとけば怒って出て行かなかったのかなって。だからそのことを謝ろうと思って」
なにしろ、生き甲斐である仕事を変えることは出来ない。ただ、大学生と《宝捜し屋》という普段は住む世界が違いすぎる二人だからこそ、隠し事はよくなかったのだ。特に皆守は、不安材料がひとつでもあればそれを百倍にしてしまう男だ。
「そうか……だったら迎えにいけと言いたいが。しかしな、気になることがある。お前が任務についている間、甲太郎が愚痴めいたものを口にすることはないのだが、最近はしきりに言っていることがある。『別に俺と九龍は一緒に住んではいるが、特別な関係って訳じゃない』――とな。言わせる心当たりはあるか?」
「……ある」
この話題は不本意の極みで、本当はそんな心当たりなどない、皆守は拗ねてるだけだと言い張りたいが、嘘をついたところで意味はない。
「え?付き合ってるんでしょ?」
「噂では戸籍も入れたと聞きましたけど」
「アホなできちゃった婚説もありましたよね、そういや」
そんな無茶な噂まであったのか。さすがはツチノコや宇宙人を本気で信じる風潮に染まっていたメンバーだ。俺はズキズキと痛み出した頭を押える。それは――皆守にはそうとうなプレッシャーだったかもしれない。
「いやあ……双樹のいる前でこんな話はどうかと思うけど、俺と皆守ってさ、実は……まあ、まだ決定的なことは何もしてないんだよね。たぶん、そのことを気にしてるんだろうけど……」
「えっ?ちょっと待って九龍。まだやってないってこと?」
歯切れが悪くなった俺に、逆に双樹がずばりと言った。神鳳の叱責が飛ぶ。
「阿門様の面前ですよ。はしたない言葉使いはご自重なさい」
「あら、いやだ私ったら……でも、意外だわ。付き合ってるんでしょう?それはもう、二人の空気からすごく伝わってきたけど」
「……付き合ってる気だよ。俺も、……皆守も」
こうしていざ言葉にすると、自信のなさが声量に現れる。語尾はかすれてしまった。夷澤が、「そんな話題だったら俺帰りたいんすけど」と言ったが、阿門は「そもそもお前は呼んでいない」とすげなかった。
「例のクリスマスの後さ、なんか俺やっぱり皆守のこと信用できなくなってたっていうか、目を離したら死ぬんじゃないかって思ってる時期があってさ。卒業式で再会したあと、けっこう強引に皆守が行く大学の傍に部屋借りて、家賃は全額出す代わりに、指令完了して帰ってきたとき俺が住めるよう管理してほしいって頼んだんだよ。ちゃんと居場所守っててくれって。本当は攫いたかったけど、大学行ってる間にちゃんと自分の将来や進路を見つけるって言ってるあいつの意思も酌みたかったし」
「ラブラブ同棲ではなかったのだな」
阿門の口からラブラブなんて単語が出てきたことに一同たっぷり六十秒間絶句し、俺はそれをなかったことにするべく続ける。
「けっこう手探りの共同生活でさ。今思えばこいつはまだ俺に隠してることあるんじゃないか、みたいな不信感も持ってたな。あいつもそれを感じ取ってたみたいで傷ついてたっぽいし、そもそも駆け出しハンターは休む暇なんかなくて、話し合えるほど長くは家にいられなかったし」
「言い訳なんか、らしくないっすよ」
夷澤の口調は、非難しているというよりは、励ましているニュアンスだった。俺は苦笑する。
「阿門との関係も疑ったりしてたなー。たった三年前のこととはいえ、本気でガキだった」
「それはしょうがないわよ九龍。わたしだって何度甲太郎の頭上に花瓶落とそうと迷ったか知れないわ。あの特別待遇は疑うわよね」
「何のことだ?」
「ああ、阿門様はわからなくてよいことですので」
「――そんな訳で、はじめっから関係は停滞した訳なんだけど」
一度はじめた暴露話は止まらなくなっていた。俺はもしかしたら、誰かに聞いてもらいたかったのかもしれない。
「同棲丸一年の記念日に、俺から正式に告白したんだよ。このままじゃいけないって思って。真剣に切羽詰まった感じの告白になったけど、あいつのことは追い詰めないように気を遣った。なのに皆守の奴、――逃げやがった」
「逃げた?」
「家出ってこと?」
「飛んだんすか?」
「いや、そうじゃなくて。はぐらかしたんだよ!人の一世一代の告白を!言う相手が違うとか、そんな台詞は聞き飽きただとかさっ。言う相手なんか、甲太郎以外に誰がいるっていうんだよっ」
思い出しても腹が立つ。この場にいる全員に、「ああ〜言いそう」と納得された。同情の視線を感じる。
「俺もたいがい意地っ張りだからさ、それから一年はお望み通りとばかりに親友で突き通してやった。それまでにあった、軽いキスだとか抱きしめるだとかも一切しなかった。もう一生進展とか無理かもなって思ってた二年目の春に鹿児島の遺跡で俺、大けがして――」
「連絡ありましたね。たしか骨折十数カ所、内臓破裂寸前の……」
「みんなでお見舞い行ったものね」
「……あん時は、さすがに心配したっすよ」
「ああ。専用ジェット機で向かったな」
怪我の原因が完全に自分のミスの、自分の投げた爆薬のバックファイヤが元だっただけに、情けなさで死にそうになった事故だ。
「……みんな病院まで来てくれて有り難うな。あの時、甲太郎が同居人のくせにいつまで経っても来てくれなくてさ。これはマジで冷められてるんじゃって覚悟決めてたんだけど――あいつ来るなり号泣して……ええっとまあ、この辺は割愛していいかな?俺の九死に一生をきっかけにかんなりいい感じになって――」
「聞きたくないんで省略してください」
双樹は興味津々そうだったが、夷澤の引きつった顔の願いを聞き入れた。甲太郎と俺が最高に進展した日のことは微細に至るまで覚えているが、あの日の甲太郎の可愛さを表現する語彙のほうが存在していない。
「思えばあの時が最大のチャンスだったんだけど、ほら、なにしろ十数カ所骨折してたからさ。最後までは出来なくて」
「あの怪我で、途中までしたってことが偉業だと思いますよ」
神鳳のあきれ顔。阿門が隣で、「最後までというのは何だ?」と呟いているが、衛生教育上を考慮して無視する。
「いやー俺が怪我してるからって甲太郎も優しくて…天国な入院期間だったよ。俺のマジな愛にも逃げなくなったし、今しかないって感じだったんだけど……俺のプロ意識は探索途中の遺跡に戻ることを、完治まで待つわけにはいかないって判断したんだ。ちょっと甲太郎には言いにくかったんだけど、その頃にはもうあいつも怒ったり泣いたりしなくてさ、黙って頷いてくれて。待ってるから早く暴いてこいって笑顔で送り出してくれて……心のつながりを信じたね」
「……はいはい」
はあーと、夷澤の大仰なため息。
「じゃあ、障害も溝もなくなったんでしょう?なんでそれから一年経つのにまだなのよ」
双樹のもっともな疑問。俺はフッと、寂しく笑った。
「鹿児島から戻ってすぐ、甲太郎が腰を痛めて……」
「まさか、椎間板ヘルニアか?」
阿門が前のめりになる。俺はゆっくり首を横に振った。
「そんな大げさなもんじゃなかったし、漢方で治ったから良かったけど……場所が場所だけに、当然手なんか出せないしな。それが半年前のこと。そんで、つい先週まで女子校潜入してて……聞けばもう腰はすっかりよくなってるって言ってたから、今度こそって時期だったんだけど」
「『葉佩先生だいすきー』とか書かれたプリクラを見て、あの嫉妬ワカメは部屋を飛び出したのね?」
「……双樹さん、あんた絶対皆守さんのこと嫌いでしょう」
「気のせいよ」
「まあ、要約するとそんな感じ。俺としてはもー、この際やってもやらなくても一緒に居れたらいいかなくらいの達観した気持ちだったんだけど……甲太郎、気にしてたんだな」
「そうですね……龍さんは誰にでも愛想いい方ですし。自分だけは特別って証みたいなものが、欲しいんじゃないでしょうか。なにしろ、三十分に一回は『俺は別にあいつと特別な関係じゃない』って繰り返しますし」
「それは……かなり気にしてるな」
「マックスレベルで気にしてますね」
五人が深刻な顔をして黙り込む。まったくおかしな話だった。いつのまにか俺たちの関係の進展具合についての話になっている。勝手にしゃべってごめんね。と、一応心の中で甲太郎に謝っておく。
「それにしても、ふがいないわね九龍ともあろう男が。あの天香学園一、頼んだら何でもさせてくれそうな甲太郎とやれてないだなんて」
「あんたほんとあいつのこと嫌いだろ!?」
夷澤のツッコミを双樹は綺麗にスルーする。
「あら、見るからに流されやすそうで、押しに弱いじゃない」
「いやーでも、甲太郎は難しい奴だよ。なんかひとりでぐるっぐる考えて、勝手に最悪の想定を思い描いてブルーになっちゃうし」
「その点は否定しないな」
「早く迎えに行ってお上げなさい」
神鳳からやっと甲太郎のところへ行くお許しが出て、俺は勢いよく立ち上がった。阿門が土産だというように、尖った言葉を投げかけてくる。
「あまりあいつを泣かせるな」
「……わかってる。……阿門って、控えめに言っても甲太郎のこと大好きだよな……」
「無論だ」
あっさり認められ、俺はわかってて聞いた癖に釈然としないものを残してしまった。振り返って確認する勇気はないが、双樹の髪は逆立っているだろう。あの二人の関係の進展具合の方が、俺と甲太郎よりよっぽど謎なんじゃないかと思ったが、もちろん確かめる度胸はない。
「ありがとうな!みんな」
とりあえず気にかけてくれたことに礼を言って、俺は阿門邸を飛び出した。こういうとき、頼りになるのは共通の友人なのかもしれない。順を追って話してはじ
めて気づいたことだけど、俺もやっぱり変化に尻込みしていた。びびってたのかもしれない。なにしろ、甲太郎の存在は俺の中で大きすぎる。
背中を押して貰ったことにもう一度感謝する。仲間の内で誰一人、嫌悪も覗かせないし反対もしないというのはきっと、恵まれすぎている。
――それに甘えてばかりなのもいけないよな。
俺は甲太郎に、同意を求めるように胸中で囁いた。
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